住宅設計の中で、機能性とデザイン性のバランスは常に重要な課題です。寺本の家では、クライアントのご要望に応じたプランニングの中で、ひとつ課題がありました。それは「トイレをダイニングの横に配置する」という問題です。
通常、食事を楽しむ空間であるダイニングのすぐ隣にトイレのドアが見えることは、どこか落ち着かず、空間全体の印象を損なう原因になります。視覚的にも、心理的にも影響を与えてしまうこの配置をどうにかして解消できないかと考えた結果、私たちは「隠し扉」を提案することにしました。
心理的な距離を生むデザイン
「隠し扉」というアイデアは、視覚的に存在感を消しつつ、実用性を保つための絶妙なバランスを目指したものです。トイレのある壁には、木毛セメントの化粧板(910×1800mm)を規則的に並べ、扉もその一部として設置。通常のドアとは異なり、壁全体が一体化することで、視覚的に「どこがドアなのか分からない」効果を生み出します。扉を閉めるとドアのラインが隠れるように計画をおこない、ダイニングの雰囲気を損なわず、空間に溶け込む形にしました。
デザインと精度の両立
このアイデアを実現するためには、詳細な設計図面と精度の高い施工が欠かせませんでした。特に、扉のヒンジや枠材の選定、スリットのデザインには時間をかけて調整を行いました。扉の存在感を極力抑えるために、扉の開閉に必要な最小限のスリットだけを設けました。現場では、CGモデリングを駆使して、視覚的にどのように見えるかを何度も検討し、設計段階から施工に至るまで、細部にまでこだわりました。
さらに、ヒンジや枠材についても、できるだけ扉と壁との統一感を出すために目立たないデザインを選定。扉を開けるための細いスリットさえ、まるで意図されたデザインの一部のように機能しています。
デザインに「遊び心」をプラス
そして、この「隠し扉」にはもう一つの遊び心を加えました。クライアントのイニシャルである「n」にちなんで、扉の取っ手を「nマド」で使われた「nノブ」にしました。この「nノブ」は、鎚絵さんと一緒に制作した世界に一つだけの特注品です。単に機能的な要素としての扉ではなく、見た目にも楽しく、愛着が持てる要素を加えることで、家全体に遊び心を感じさせるアクセントとなりました。
「隠し扉」という機能的な解決策に、デザイン性とクライアントの個性を織り交ぜたことで、空間はより一層豊かになり、クライアントも非常に喜んでいただけました。
空間のデメリットをアイデアに変える
トイレをダイニングの横に配置することは、どうしても住宅設計上のデメリットとして捉えられることが多いものです。しかし、こうしたデメリットをただ回避するだけではなく、逆にデザインのアイデアによって「空間の個性」に変えることこそ、私たちの仕事の醍醐味です。この隠し扉も、ただ目立たないように隠すのではなく、扉自体を空間の一部としてデザインし、結果的にクライアントが愛着を感じられる空間に仕上げることができたのは、私たちにとっても大変嬉しいことです。
ダイニングという家族が集まる場所に、さりげなく存在するこの「隠し扉」。視覚的にも心理的にも邪魔にならないその存在は、住宅設計におけるアイデアの一つの成功例です。